こんにちは。
今日は、草間さかえ先生の『どこにもない国』をご紹介します。
今まで読んできたさかえ先生作品とは少し違った雰囲気がありました。雑誌『OPERA』掲載だからなのか、少し痛い描写があったからなのか……
作品データ
どこにもない国
草間さかえ
刊行年月:2011年10月08日
出版社:茜新社(EDGE COMIX)
どんな作品?
草間さかえ先生の1巻完結の短編集。2011年作品。
テーマは少しわかりにくいですが、いつものような日本の情景やほのぼの系とは少〜し違った、エッジの効いたお話。しかし、描かれ方は淡々としており、第三者として観察できます。これは雑誌の読者層にあわせたのか、たまたまそういう作品に仕上がったのか……。
4組のカプのお話が収録。2006年から2011年の間(5年間!)にBL雑誌『OPERA』に掲載された短編や連作をまとめたもの。
当時のOPERAには、さかえ先生の他にどんな先生の作品が掲載されていたんでしょうね。期間に幅はありますが、絵柄の変化もそれほどなく楽しめます。さかえ先生が時々描かれる戦争にまつわるお話になっています。
多種多様なカプ、そしてシチュエーション。1巻完結でいろいろな世界を楽しめます。
BL作品ではありますが、さかえ先生の作品には、それ以上のストーリーがあります。そしてストーリーを介していくつかのエレメントが提起される。それを汲み取って、自分なりに妄想したり、真剣に考えたりするのが、読者の楽しみ方の一つです。
草間さかえ先生『どこにもない国』ネタバレ!?感想・レビュー
描き下ろしを含めると、8話収録されています。4組のカプについてのお話。それぞれのエピソードについて、感想を交えながらご紹介します。
ストーリー1:どこにもない国
ストーリー2:パラダイムロスト
カップリング
攻め:早川(海軍所属、痛みに弱いのか。)
受け:竹内(隊長。ユートピアと現実の間を行ったり来たり・・・)
あらすじ
終戦が背景になっているお話。海軍らしき竹内の隊は、陸に降りて電波塔の修理をしていたところ、奇襲攻撃を食らう。怪我をした竹内が目を覚ましたのは数日後で、そこには早川しかいなかった。
感想
『どこにもない国』は、『OPERA』vol. 9 2008年01月収録。
『パラダイムロスト』は『OPERA』vol. 15 2009年06月に掲載。
タイトルの「どこにもない国」とは、すなわちユートピア。
戦争が終わり、帰国して日常生活を送ることになった竹内と早川の二人ですが、竹内はいわゆるPTSD(post traumatic stress disorder)に悩まされます。
心の問題は難しいですね。周りの人には見えず、その当人だけが苦しむのですから。
戦場をユートピアとさえ感じ、人を殴ることさえ躊躇っていた竹内が、早川を誰にも渡したくないという気持ちに陥り、自分は人間としての心を失ってしまったのか、と悩む。戦場と日常の間(はざま)で、早川への感情、自分の心境や行動への懐疑に動揺する様子が描かれています。
戦争のお話とはいえ、残酷な描写はありません。さかえ先生はたまに戦後あたりのお話を描かれますね。その頃の日本は、混沌としていたと思います。
そして2023年、戦争が勃発するなんて、誰が想像していたでしょうか。信じられない世の中となりました。インターネットやスマホ普及で便利になり、国境もなくなり、世界がフラットになりつつある今でも、50年、100年前と同じようなことを繰り返す人間たち。
犠牲になりながらもゆっくりとそれを静かに見つめてきた自然。さかえ先生の作品を読むと、そんな情景が見えます。
早川は、竹内に惹かれるのはわかるのだけど、少し痛みにゾクゾクする性癖があるようですね。
淡々と描かれる物語の他にも、より深い心理描写も見え隠れする作品です。
ストーリー3:1と2の間
カップリング
攻め:哲男(ピュアな高校生。幼少期にとある光景を目撃し、トラウマに・・・。)
受け:正良(まさよし。ただの、被害者です。)
あらすじ
子供の時、哲男は近所の公園で、とある光景を見た。
男が二人。
その一人は誰だったかは覚えている。そしてもう一人の男が言った。
「誰にも言わないで。」
その言葉を信じ、頑なに自分が昔見たその光景を胸に潜めておいたが、女の子といい関係になりそうになった哲男は、不自然な女の子の体に疑問を感じる。
「あれ・・・あるはずのものが、ない。」
子供の頃に見た光景と違う女の子の体に衝撃を受ける。哲男は一体何を見たのかーーー。
そんな哲男の隣の家に、昔仲良くしていた正良兄ちゃんが帰ってきた。子供の時はすごく慕っていたはずなのに、なぜか正良兄ちゃんのことをすっかり忘れていた哲男は、昔の思い出を探ろうとしていくのですがーーー。
感想
『OPERA』vol. 17 2009年10月に掲載。
さかえ先生のお話は、どの短編も冒頭で心を掴まれますが、今回は少し衝撃的なスタートでした。不思議な光景……不思議なもので、何もわからない子供でも、それがいいことか悪いことかは直感的にわかるものですね。
哲男はさかえ先生らしいキャラですが、幼少期のトラウマが衝撃的すぎて、今回は少しいつもの雰囲気とは違って見えました。
短編なのできれいにまとまって終わっています。哲男の視点から語られていますが、学校の友達として、みっちゃん、鶴田が登場します。この二人については、後の『0と1の間』で語られます。
悪いお話ではないんですが、冒頭のショッキングな描写が最後まで私の脳裏に焼き付いてしまい、二人のお話がなかなか頭に入ってきませんでした。
また、正良(受け)は全くの被害者で、なぜかラストで哲男と恋に落ちるんです。BLだからね……。
トラウマがありながらも、哲男は子供心に正良が好きだったのは読み取れるのですが、正良の方はどこからそんな気持ちになったのかが謎です w
ほんと、幼少時のトラウマがどれだけ人に影響を及ぼすか、考えさせられる作品でもあります。
ストーリー4:0と1の間(前編)
ストーリー5:0と1の間(後編)
カップリング
攻め:三ツ矢(みっちゃん。高校時代はバレー部で鶴田と一緒だった。)
受け:鶴田(高校バレー部の出世頭。女の子と結婚。)
あらすじ
先ほどの『1と2の間』のその後のお話。社会人になったみっちゃんと鶴田のお話です。哲男も登場しており、ある意味友情の三角関係が描かれています。
バレー部の部長だった鶴田は、選手として企業にもスカウトされ、モデルの女性と結婚したばかり。でも副部長だったみっちゃんは、忙しいからという理由で、結婚式からもすぐに帰ってしまう。
昔からみっちゃんと鶴田を見ている哲男だけが知っている秘密。
「みっちゃんは鶴田がずっと好きだった。」
でも、そんな秘密をまたまた頑なに心に秘め、結婚式から早々と立ち去ったみっちゃんを励ましに向かう哲男ーーー。
物語は急展開し、結婚したはずの鶴田が怪我をしてしまい、選手としての活躍が危うくなったことをきっかけに、奥さんも鶴田の元を去っていきます。
悲しくなった鶴田は、学生時代のように鶴田を支えてくれるだろうと、みっちゃんの元にいくのだけど、そこで、事件がおきます。
感想
前後編に分かれています。前編は『OPERA』vol. 23 2010年10月、後編は『OPERA』vol. 25 2011年02月に掲載。
このお話も、いつものさかえ先生のほのぼの系ではなく、少し荒々しい描写がありました。感情を抑えることのできない、少し暴力的なみっちゃん。同級生にも恐れられていた。しかし、鶴田はそんなみっちゃんの優しさも知っていた。みっちゃんが攻撃するのは、鶴田の敵に対してだけーーー。
鶴田の感情の揺れは早く、物語は前後編で終わってしまいます。展開が早すぎる・・・と思う読者の方もいるかもしれませんが、まぁ短編ですからしょうがない。w
さかえ先生が以前対談でもおっしゃってましたが、長編は少し飽きてしまうようで、短編の方がお好きなようですね。なんらかの完結を求める読者に対して、物語は終わらせてくれるのでうれしいですが、いつもタイプの違ったカプが多いので、あのカプやこのカプのあれこれを、もう少し読みたいなと思ってしまいます。
ストーリー6:0か1の世界
こちらもみっちゃんと鶴田のお話。
感想
『OPERA』vol. 28 2011年08月に掲載。
短編。高校時代、バレー部の顧問だったモロオカがある日を境に急にやめてしまった理由。みっちゃんの昔からの鶴田への想いが少しずつ鶴田へ伝わっていきます。ちなみにこのモロオカは、哲男と正良のお話にも絡んでいるため、読み進めるにつれ、ゆっくりと世界観も繋がっていきます。
タイトルの0か1の世界。
優しいみっちゃんとちょっと乱暴なみっちゃん。
どちらを選ばなければいけないのか。どちらも鶴田のものなのか。
鶴田はみっちゃん家の隣人の女性と知り合います。女性は鶴田に下心があるんですが w それを知ったみっちゃんは当然イライラと嫉妬します。
みっちゃんを怒らせるのを知りながらも、隣人の女性のところに足を運ぶ鶴田。この鶴田の微妙な心の駆け引き、そしてみっちゃんの二面性、また男性と女性の狭間を行き来しようとする鶴田のずる賢さ。そんな0か1の世界が描かれている作品です。いいタイトル。
人間にはどうしてもコントロールできない感情、また自分が気付いていない別の自分がいる。そんな自分と向き合っていくのも人間の営みですね。
ストーリー7:もののことわり
カップリング
攻め:章(あき:高校生。昔からお茶の先生に想いを寄せる。)
受け:浩介(お茶の先生。こっちが受けかいっ!w)
感想
『OPERA』vol. 3 2006年07月に掲載。
この1冊の中で一番古く描かれた作品です。
短いお話ではあるけれど、受けの浩介先生をちょっと縛ってしまうところなど、攻めの章(あき)のさりげない性癖が描かれていますね。
お茶の先生の「物を大切にしない人は、人からも大切にされないよ」という言葉に悩まされる高校生の章(あき)が可愛らしい。そしてこの章が攻めだというのにも萌える。w
子供の頃から浩介先生にべったりだったという章。久しぶりに先生のもとに遊びに来た様子。先生がお茶のお稽古をしている間は店番も手伝っている章ですが、少しがさつな性格なようで、店の方からガシャンとお茶碗の割れる音が・・・。
先生と体を重ねる時も、子供扱いされることに苛立ちを感じ、先生をちょっとだけ縛ってしまう。
もしかして先生は俺に合わせているだけで、先生は自分のことを欲していないのではないだろうかーーー。
そんなことを考えながら、また罪悪感を感じながらも先生を自分に振り向かせようとします。
落ち着いた浩介先生と、子供っぽく踠く章(あき)の掛け合いがなんとも可愛らしく、また色気がある。
直接的な描写はないですが、セリフや仕草から二人のケミストリーを読み取っていく度にゾクゾクしました。
短編ではあるのだけど、やはりこの二人の他のエピソードを妄想してしまうような、そんな良作です。
ストーリー8:遠き島より
描き下ろし。冒頭の『どこにもない国』の二人のお話。
3ページのみの短いお話ですが、竹内にまだPTSDがあることが見受けられます。ただ、ゆっくりながらも日常に慣れてきた二人がまだ一緒に時を過ごし、旅行を楽しむ。そんな様子が描かれています。
時間と共に、戦争の痛みは消えるのだろうか。
終わったことも、人々の心を蝕み、しかしながら時がゆっくりと解決してくれる・・・。
時間は何もないように進んでいく。
1冊を通して、人の心、争い、衝動、そして時間の概念など、考えさせられることがたくさんあるお話でした。
草間さかえ先生『どこにもない国』を今すぐ読む方法
草間さかえ先生『どこにもない国』を今すぐ読む方法は、電子書籍です。
私がよく利用する電子書籍サイトは「コミックシーモア」かレンタル本が豊富な「Renta!レンタ」です。
どちらのサイトでもすぐにサンプルを読むことができます。
コミックシーモア:クーポンが魅力。BLに関しては、修正が少し甘めなものもあります。
Renta!レンタ:レンタルやスタンプ機能などがあり。そしてBLCDや、他では扱っていない短編の電子も独占購入が可能。
コミックシーモアの月額コミック読み放題が一番お得!BLも読み放題!
まとめ
今回は、草間さかえ先生の『どこにもない国』をご紹介しました。いつものほのぼの系とは少し違った、少しクセのあるエピソードが収録された1冊。しかしその分、自分の生活や人生観に照らし合わせて考えさせれる作品でもありました。どちらにしても、作家読みをする自分は、どんな作品であれ、さかえ先生の作品は極力チェックしています 😊
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